関係性の宣言

    小学生の頃の話です。クラス(の女子)にはいくつかのグループがありました。女子は、Aちゃんのいる○○チームとBちゃんのいる△△チームのどちらか一つにしか所属できませんでした。私はAちゃんともBちゃんとも仲良くしたかったのだけれど、どちらか一方にしろと詰め寄られてとても困った記憶があります。困ると言うより悲しかった……かな。

    大人になってからも、関係性をハッキリさせようとする人は時々いました。なんか、関係性の宣言をしてからつきあいましょう、みたいな。「今日から私たち親友ね!」とか、小学生みたいだけど、そういうようなことを言う人はいるみたいなんですね。

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    昔ネットで知り合ったとある人。創作や日常の話をメールでやり取りさせてもらってました。何度かやり取りした後、私が忙しくなって返信が遅れた時のこと。先方から「返信が遅いけれど、もしかしてメールするの迷惑だった?」と。え?あれ?忙しい時は返信遅くなること、話してあったんだけどな……メールのその先を要約すると「これから友達づきあいをしてくれるのかどうか、今ここで返事をください」というような内容。いや……その、友達づきあい云々を判断できるほど話もしてないんだけど……。

    困りました。「迷惑なんですか?だったらメールやめます」言っていることは間違っていないし、むしろ私への気遣いなんだと思うんだけれど、なんだかなぁ~…という感じでした。知り合って間もない今、そんなこと決めなくてもいいじゃん……って。

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    婚活中の人のブログで、付き合ってる相手に「あなたとの会話は、会社で会議をしているようだ」と言われて困ったという内容がありました。交際相手とのデートなのに、最初からゴールを決めて、それに向けて話し合いをしているようだというのです。まぁ婚活の場合、「結婚」というゴール(?)があるわけですから、デートといえども「話し合い」のようになってしまうのも仕方ないのかな~と思ったりもしますが……。

    ブログ主は「これからの人生を決める大事な場面だから、そうなるのは当然」と言ってるのですが、結婚と言う契約以前に、人としてどう付き合うかってコトなんじゃないのかなぁ……。

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    誰かと付き合うのなら、相手を見ながら関係性を築いていくという方が自然だと思います。肩書き(親友や恋人)は後から付いてくるようなものではないかなと。

    人と人との関係は、宣言や肩書を決めてから進めるものではない気がします。宣言するのはそれこそ小学生の友情か、高校生の男女交際か、SNSのマイミクぐらいじゃないのと思います。

    大人になってからリアルで「友達宣言」を要求するのは、人との距離感をつかめない人……なのでしょうか。「宣言」を得て、安心したいのかな。それこそ結婚ともなると、宣言や手続きは必要になってくるけど、大人の友人関係でそれはちょっとしんどいです。



    Comments Comments (2)

  • 青木のはらさん>
    そうですね、そういう風に考えたことが無い人にとっては、
    どう反応していいか困りますね。

    付きあいの長い人でも、突然違った面が見えてくることがありますね。
    しょっちゅう会っていると気付かないけど、久しぶりに会った人とか。
    変わったのは自分なのか、相手なのか……考えると不思議ですね。
    自分もまた、相手にそのように見られてるのかなと思うこともあります。

    1 佐木田 said this (2010 年 5 月 22 日 at 20:08)


  • 孤独か、主体性がなくて不安か、独占欲が強いか、その複合からくる考え方なのではないでしょうか。
    でもそういった考え方をしない者にとっては、はっきり決めろと言われても困惑してしまいますね。

    関係性は時とともに変わる、ということについては、つい先日わたしも感じました。
    「人間の丸くなり方」の違いなのか、学生時代からの友達でもまだまだ知らない一面はあるんだなー、と。
    ある出来事に対する二人の記憶もまるで違っていたりして。
    友達だったのはこの人なのだろうか?もしかすると別人?
    疑いだすと無数にある些細な食い違いが気になって・・・というのはSFの読み過ぎですね。

    2 青木のはら said this (2010 年 5 月 22 日 at 11:11)